2021年2月27日-28日 1泊2日の召命黙想会


 ご指導下さったのはレデンプトール会の萩原義幸神父様でした。2005年の会にもご指導頂いており久しぶりにお話しを伺え大変嬉しく思いました。

 黙想会は沈黙で行われ、神父様の講話・聖書の分かち合い・朝晩の教会の祈り・聖体礼拝・ミサ・面接・個人の祈りといったスケジュールでした。

 神父様の第1講話「祈りの中で自分をみつめる」では、『互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である~ヨハネ15章9-10』を読みながら、祈ることを通して自分の内奥をみつめていくことの祈りのステップを聖書のみ言葉、聖人の言葉、神父様の実体験を通して教えて頂きました。イエス様とのつながりは祈りのなかで確認することができます。参加者の皆さんは、コロナ感染対策での外的な制限を受ける生活で霊的な渇きを抱えていたと思います。そのような普段の日常を離れ祈るために特に自分のこれからの召し出しを真剣に祈るために集まった若い皆さんにとって、祈りを通して自分の内に変わらずいつも共にいてくださるイエス様の存在や、息づいている聖霊の息吹を感じることができたのではないでしょうか。

 第2講話「人生における幸せと感謝」では、私たちはキリスト者として、また修道者としての「幸せ」を感じる時をお互い振り返り分かち合いました。「幸せ」はどこから感じるものなのか。それは「他者から出発する幸せ」が真の充実感と喜びにつながること。それは悩み苦しむ人に『共感=コンパッション』すること、そのような人々との関わりにおいてイエス様の『応答性=どのように応じるか』に学ぶこと、何もできなくても『共にいること・そばにいること』を大切にすることを通しての幸せであり、そのつながりを通して神とのつながりに気づかされるのだと思いました。私たち修道者は日々の人々との何気ない関わりを通して神との出会いを意識しながら生かされている存在です。

 現在の教皇様がおっしゃっています。「修道者のいるところにはいつも喜びがあります!」

私たちは、今コロナ下で混迷・閉塞している社会の中であっても変わらない主の温かい愛を運ぶ者として遣わされていることを絶えず意識し、他者から出発する幸せにつながる関係を紡ぎながら日々を捧げていくことを改めて決意する場となりました。

参加下さった黙想者の皆様お疲れさまでした。そして、黙想の家の聖霊会のシスター方、ご指導下さった萩原神父様に心より感謝申し上げます。

************************
…しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起こった。しかし、地震の中にも主はおられなかった。地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。火の後に、静かにささやく声が聞こえた。… 列王記上19章3-13節 ************************

『聖書 新共同訳』引用 (c)日本聖書協会

blog へ戻る

会の目的と精神

わたしはぶどうの木、
あなたがたはその枝である。
ヨハネ15:5

続きを読む

事業

わたしはまことのぶどうの木、
わたしの父は農夫である。
ヨハネ 15:1

続きを読む

修道院

わたしがあなたがたを愛したように、 あなたがたも互いに愛し合いなさい。
ヨハネ13章34節

続きを読む

Blog

わたしに仕える者がいれば、 父はその人を大切にしてくださる。
ヨハネ12章26節

続きを読む

わたしたちは病気の人、悩み苦しむ人、
弱い立場の人々への奉仕に献身しながら、
神が慈しみ深いことを現します。