甲の原学院 1955~1975 PART 3

 
 第二期工事後に、米軍のご婦人方が、寄付の古着ばかり着ていた子供たちの一人ひとりの寸法を測って帰られ、あるクリスマスの時それぞれに衣類一式を着せてくださったことがありました。普段はすぐに汚してしまう子どもたちもその方々の気持ちが通じたのかみんな珍しくおとなしかったようでした。またジーアイの人たちもベースで不要になった大きな冷凍庫を運んできてくださり、その中には牛肉、ハム、ソーセージそして大量のアイスクリームなどが入っていました。その上皆で集めたという寄付金までいただきました。
 
 二期工事でできた学習棟は、その後二回災害に遭いました。1回は、マッチに興味を持った男児の仕業か、部屋中央のビニール製の仕切りカーテンから出火し黙々と黒鉛が窓から見えたので、職員とシスターが消火に駆け回り、その後消防車が来て放水が行われました。2回目は、伊勢湾台風の時強風で屋根が剥がされ学習棟全体が再度水浸しになりました。

 第1回目の避難訓練の時は、前もって子どもたちによく説明しておいたのですが、時間になってサイレンが鳴ると多くの子どもたちは怖い怖いと言って職員にしがみついてくるだけで避難できませんでした。それが回数を重ねるうちに徐々に良くなって、5回目ぐらいからは職員とともに落ち着いて決められた場所に避難できるようになり訓練の大切さを感じさせられました。

 1959年3月第3期工事として男子寮愛聖寮が完成し、それまでの男子棟であった望徳寮から移り定員150名になりました。学習組は、男子は養豚、擁壁作業、女子は農作業、手芸等の作業活動で内容も充実していました。またプール建設、池、芝生、鳥小屋など中庭の整備運動場2面のアスファルト舗装、野外遊具の取付けなども進められました。

 1958年8月には山の上に新しい修道院が完成していましたが、この中での修練院は1960年3月に開設され、10年間聖ヨハネ会の30名の修練女を養成してくださった聖母訪問会からシスターアニェスが1年間派遣されて来てくださり、修練所と志願者の養成に当たってくださいました。シスターたちは誓願を立てるとすぐ翌日から甲の原学院へ派遣されていきました。精神薄弱児と言われていた子どもたちに初めて接するシスターたちは、まず顔と名前をしっかりと覚え、愛情を注いで明るく介護している先輩のシスターたちや職員から多くのことを学び、服の着脱、歯磨き、洗面、食事、排泄、入浴介助、運動や遊びなどを一人ひとり体調の変化がないか確認しながら行いました。この子どもたち一人ひとりの愛らしさ器用さに心打たれ、神から預けられたことに責任を感じ、手を合わせて共にお祈りしながら生活しておりました。

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会の目的と精神

わたしはぶどうの木、
あなたがたはその枝である。
ヨハネ15:5

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事業

わたしはまことのぶどうの木、
わたしの父は農夫である。
ヨハネ 15:1

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修道院

わたしがあなたがたを愛したように、 あなたがたも互いに愛し合いなさい。
ヨハネ13章34節

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Blog

わたしに仕える者がいれば、 父はその人を大切にしてくださる。
ヨハネ12章26節

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わたしたちは病気の人、悩み苦しむ人、
弱い立場の人々への奉仕に献身しながら、
神が慈しみ深いことを現します。