17月6日 
富士聖ヨハネ学園の歩み Part 2

 
 1975年 (昭和50年)3月、念願の2期工事が完了し、5月1日成人部の定員を100名とし、甲の原学院の児童の定員を減らして90名とし、名称を「富士聖ヨハネ学園児童部」と変更しました。5月の連休に、トラック延べ34台とバス4台を連ね、甲の原学院から備品関係や、利用者、職員とその家族を新しい施設に運びました。中央道の八王子から大月、河口湖へと向かう車列はとても迫力のあるものでした。5月5日には移転業務を全て終え、利用者計190名に職員とその家族を合わせると300名以上が敷地内に居住する大規模施設として、新たな歩みを始めました。村役場では住民登録などいろいろな手続きが大変だったようです。役場内で「ヨハネさん」という呼び名が生まれ、村中に普及されたとのことです。忍野村の村長さんは学園開設以来いろいろお心遣いくださり、大きな力になってくださいました。 お陰で地域の方々も理解してくださるようになり、ボランティアや援助してくださる方々に恵まれました。また山梨県の他の施設との楽しい交流やホテルでのご招待も受けることができました。

 懸念された職員の確保も、北海道から沖縄まで職員の募集に大学などを回っていましたが、だんだん地元の職員が口コミで増えていきました。地元採用が順調に進んだことが成人部の作業活動の開拓と結びつき、善意ある方々から、多方面にわたって、指導、助言、職場実習、材料提供などを頂くことができ、男性は豚の世話をしたり、薪を作ったり、立木を伐採して畑を開墾したり、木の根を磨いて置物づくりをしたり、女性は鶏を飼ったり、畑を耕したり、シイタケの栽培やマットつくりに取り組みました。他にも織物、洗濯、メタル、空き缶、ピンコロ、手工芸、珠のれん、陶芸など、職員のひたむきな努力によって、最盛期には作業活動が大小合わせると15種目を超え、ちまたでは「作業のヨハネ」と言われるほどになり、作業収益も増えて、買い物、旅行など生活面も潤うようになりました。また甲の原学院開設当初から常に歩みを共にしてくださった保護者会の支えは大きく、本来ならば、家族の愛をより必要とするにも拘らず、離れて暮らさなければならない我が子への切実な思いは互いに通じ合い、各寮の役員は寮内の意見をまとめ、保護者会の会長を助け、年間行事を始め家族の日(面会日)、帰省など、バスで八王子への送迎を行うことによって、移転後も続けられるようにしました。現在、保護者会も時の推移と共に親から兄弟へと変わっていますが、初代会長の長きにわたる貢献は大きなものでした。利用者さんの父兄の方から、この子のお陰で、他の兄弟姉妹が仲良くし、周りの人たちを思いやる暖かい心を持つようになるということを、度々耳にしています。

 1976年(昭和51年)秋のこと、忍野へ移転して、約1年半ともなり、生活面はほぼ落ち着いて、児童部は学習に成人部は作業活動にと模索を続けていたころに、東宮侍従の来訪があり、皇太子ご夫妻の学園ご視察のお知らせを承りました。それからの約1か月は、県庁、警察、保健所、村役場などの行政関係との連絡、下見のため、知事秘書室からはまさに秒刻みに近いスケジュール、そして現場でのリハーサルに至るまでの忙しく、あわただしい日々が続きました。国道138号線から学園を通る県道も瞬く間に整備され、それまでの不便さも解消されたことは驚きでした。学園では特別何もできませんが、お掃除だけはしましょうと、利用者、職員、そして忍野と山中湖村から約200名の方々の労力奉仕によって、園内の清掃作業を行いました。いよいよ10月7日当日となり、午後2時半のご到着前、学園の周りの山の中まで多くの警官が配備され、学園に至る道路は、日の丸の小旗を持った村の中学生や近隣の人々で埋め尽くされました。学園玄関前では知事、県議会議長、村長、自衛隊司令部、村民代表の方々が両陛下をお出迎えし、2階会議室で、学園の概要をご説明し、一部の生活寮内をご覧になった後、作業棟内と屋外現場までご案内したところ、たまたまこれから始めようとしていた養豚小屋づくりの古木材利用に苦労していた男子職員にねぎらいのお言葉を頂いたり、畑班では今掘り出したばかりの大きなさつま芋を手になさり、おほめの言葉を頂きましたが、予定のコースにはなかったので、お手拭の急な準備に職員があわてました。興味深く質問をなさりながら、一巡なさったあと、修道院でのおくつろぎのお茶の折には、予め東宮御所からのご指示で、聖心女子大学の同窓生の実家である甲府市の老舗の和菓子をお召し上がりになられました。秋の夕映えが美しい中を、予定を少し超えてのお見送りでしたが、利用者さんたちは小さな日の丸の旗を振ってお送りし、沿道にはお出迎えと同じように、大勢の人々がお別れを惜しんでいたようです。

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会の目的と精神

わたしはぶどうの木、
あなたがたはその枝である。
ヨハネ15:5

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事業

わたしはまことのぶどうの木、
わたしの父は農夫である。
ヨハネ 15:1

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修道院

わたしがあなたがたを愛したように、 あなたがたも互いに愛し合いなさい。
ヨハネ13章34節

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Blog

わたしに仕える者がいれば、 父はその人を大切にしてくださる。
ヨハネ12章26節

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わたしたちは病気の人、悩み苦しむ人、
弱い立場の人々への奉仕に献身しながら、
神が慈しみ深いことを現します。