10月18日 

聖ヨハネ会75周年PART2


 愛聖園では、戦争で両親を亡くし、寂しさやつらさを抱えながらも生きている子供たちをシスター方は心を寄り添い、神様から預けられた子供としてお世話をしていきました。その中に、少し変わった子、少しみなと同じようにできない子がいるのがわかり、知的障害の子供たちのために、八王子に甲野原学園を建設します。

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9月28日 

聖ヨハネ会75周年PART1

 
私たちの会である、福音史家聖ヨハネ布教修道会は昭和19年、戦争も終わろうとし、日本がこれから待ち受けるつらい時期の幕開けに、小金井の小さな村で誕生した会です。すべてのものが焼かれ、何も光が見えなくなったときに、神様は一つの恵みを与えてくださいました。

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9月20日 

マザー岡村から姉妹たちへのメッセージ

(残された書簡より)

20THSEPT2021KARASURI

 
 受けた賜物を自分のもの、自分の手柄のように誇ることなく、功徳を積む宝である十字架に打ちひしがれ、悲しむことなく、それぞれの道から他を羨むことなく、いつも天主様と隣人愛を目指して、明るく戦い抜いてください。

(創立当時は、神様の事を「天主様」とお呼びしていた。)

9月6日 

マザー岡村から姉妹たちへのメッセージ

(残された書簡より)

MOTHERS_WORDS_AUG_2021
JAPANESE_TEXT

8月23日 

マザー岡村から姉妹たちへのメッセージ

(残された書簡より)

MOTHERS_WORDS_AUG_2021
JAPANESE_TEXT

8月16日 

富士聖ヨハネ学園の歩み PART 5


学園の給食課の職員は、心を込めておいしい食事やおやつを作ってくださったので、毎日の食事も利用者さんたちの大きな喜びとなっていました。毎金曜日はカレーライスと決まっていたことがあり、行事の都合で曜日が変更になった時、カレーライスが大好きだったKくんが、金曜日にカレーライスが出ないということで、怒ってしまいました。それほど楽しみにしていたのです。

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8月9日 

マザー岡村から姉妹たちへのメッセージ

(残された書簡より)

SUNFLOWER_JAPANESE

8月1日 

富士聖ヨハネ学園の歩み PART 4

 知的障害者はたとえ発達は遅れていても、その人格は素晴らしいです。優しく、暖かく、素直で、純心そのものですから、人々の心を打ちます。初めての人が来ると,にこにこして親しみ深く近寄ってきて、「どこから来たの?どうして来たの?」とどなたも大歓迎してくれます。

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7月26日 

マザー岡村から姉妹たちへのメッセージ

(残された書簡より)

ROSES_DARK_JAPANESE

7月19日 

富士聖ヨハネ学園の歩み PART 3


 忍野の冬は予想以上に寒さが厳しく、-16~-20℃になることもあり、利用者さんたちが集まれる場所が必要となり、1978年(昭和53年、)南の山側に広い平地があったので、そこにリハビリ棟を新築しました。2階建ての体育館です。一部を高くして、舞台のように仕切り、カーテンをかけられるようにしました。クリスマス会や新年のミサなど、いろいろな行事や、保護者会などに使用しましたが、平常は利用者さんたち皆の走りまわれる活動の場所として利用されました

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7月12日 

マザー岡村から姉妹たちへのメッセージ

(残された書簡より)

WREATH_JAPANESE

7月5日 

富士聖ヨハネ学園の歩み PART 2


 第2期建設工事が中断したままで約2年間、その後工事再開して更に約半年、八王子と忍野に分かれての二重生活は大変厳しいものでした。二重生活の苦しみは甲の原学院に残った利用者・職員に多くの負担をかけることとなり、一時学院に残っていた職員がストライキという手段で、苦境を訴えました。聖ヨハネ会が一番困難の渦中にあった時、白柳誠一東京大司教が理事長に就任してくださいました。聖ヨハネ会が現在あるのはそのお陰と言っても過言ではないと思います。

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6月28日 

マザー岡村から姉妹たちへのメッセージ

(残された書簡より)

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6月21日 

富士聖ヨハネ学園の歩み PART 1


 桜町病院の創立者戸塚文卿師の帰天後、その協力者であった岡村ふくは、当時の土井辰雄東京大司教の命によって、「福音史家聖ヨハネ布教修道会」を創立し、桜町病院の経営を担うことになりました。

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6月17日 

マザー岡村から姉妹たちへのメッセージ

(残された書簡より)

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6月10日 

マザー岡村から姉妹たちへのメッセージ

(残された書簡より)

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5月31日 

甲の原学院 思い出

5月24日 

甲の原学院 1955-1975 PART 4


 ある時、学院で赤痢、疫痢の患者が多く出て診療所の中村先生が大活躍。検便の結果、保菌者は児童も職員も望徳寮に集められ、1カ月くらい検便を続けながらまとまって生活しました。この時、桜町病院の検査科に大変お世話になり、シスター稲垣も来院して協力しました。

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5月16日 

甲の原学院 1955-1975 PART 3

 
 職員やシスターたちは心を込めて精一杯子どもたちのお世話をし、子どもたちの清い心で支えられ教えられ、少しずつ進歩していく子どもたちに慰められることも度々でした。食事の前後には職員が交代でお祈りをしていましたが、ある日、外出のため一人先に食事をする子どもに職員が早く食べるようにとたびたび勧めても食べ始めないので、その職員がふと気づいて食前の祈りをしたら食べ始めました。

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5月10日 

甲の原学院 1955-1975 PART 2


近所の農家の人々は好意を示して野菜を売ってくださり食料品店からも食材を届けてくださったので、貧しいながらも子供たちの喜ぶものを調理できました。朝食のコッペパンはマーガリンを塗って3等分しプラスチックのお皿に分け岡持ちに入れて運ぶ係が1人の男児でしたが、長い廊下を学習室兼食堂へ届ける間にその子がこっそり口に入れるため1個足りなくなっていました。

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5月3日 

甲の原学院 1955-1975


桜町病院の創立者戸塚文卿氏の亡きあと、師の協力者であった岡村ふくが当時の土井大司教の命を受けて、1944年福音史家聖ヨハネ布教修道会を創立して病院の経営に当たりましたが、徐々に増えていくシスターたちの養成の場である修練院を建てるために閑静な場所で土地を手に入れたいと探していたところ、桜町病院の事務長が耳寄りな話を持ってきました。

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4月7日 

2021年 春の花々


コロナ禍の中で草花は美しく神様を賛美しています。

3月17日 

2021年 花見

3月7日 

福音史家聖ヨハネ布教修道会マザー岡村ふく PART 4

  
 神様の助けがなくて、どうして出来たばかりの修道会と病院が存続できたでしょうか。シスター方も心を一つにしマザーのお言葉のように、私たちは小さなものですが皆が一つの心一つの霊となって、神様への信頼を失わず、神様と隣人への奉仕と宣教のためできる限りのことができたことは神様の恵みです、と修道会と病院のために働きます。当時小さく貧しい会は、会服も自分たちで染め、作り、サンダルさえ買えなかった時代に一人の人の苦しみは皆の苦しみであり一人の人の喜びは皆の喜びです、とマザーは断言します。物が有り余っている時代に生きる私たちへの大きな問いかけです。

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2月22日 

福音史家聖ヨハネ布教修道会マザー岡村ふく PART 3

  
岡村ふくは貧しく医療を受けられず苦しんでいる人のために日夜奉仕をしていきます。汚れにまみれた人が来る時もあり、お風呂に入れきれいにし食事を出してあげる。夜中に呼ばれ、行ってみると患者さんはお母さんで赤ちゃんが泣いている中冷たくなっていたという痛ましいことも多くありました。戸塚神父様を助けながら彼女は目の前の人の隣人となり母となっていきました。

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2月1日 

福音史家聖ヨハネ布教修道会マザー岡村ふく PART 2


聖心での学生生活は、両親との約束もあり家の手伝いをするため朝早く起き手伝いをしてから学校へ。聖心ではマザーたちからの大きな影響を受けます。母国を離れ知らない異国で神様の三栄のために働かれている姿に、彼女はなぜ?という疑問と、マザーたちからの多くの教えを受け変えられていきます。もちろん今まで歩んできた信仰の土台があったことは確かなことです。幼い時、ニコライ堂で見た十字架上のイエスの姿に幼心にも誓った誓い、マザーたちから受けた多くの影響が彼女の信仰をより大きなものへと変えていくのです。

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1月8日 

福音史家聖ヨハネ布教修道会マザー岡村ふく PART 1


私たちの会•福音史家聖ヨハネ布教修道会、は小金井の地に昭和19年に誕生した小さな会です。その頃の小金井は、東京の田舎でなにもないところでした。周りは畑ばかりです。ここに戸塚文卿神父様によって昭和14年に桜町病院が建てられました。多くの人々の善意によって建てられた、結核の、当時では大きな病院でした。戸塚神父様は病院が建設される前に帰天なさリ、残された病院を神のみ旨として引き受けた私たちの創立者「岡村ふく」の話をしたいと思います。

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1月1日

2021年  頌春

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12月27日

2020年に感謝を込めて

12月1日

メリークリスマス
聖ヨハネ会のシスター達から

11月15日

カトリック府中教会 販売会

11月15日(日)カトリック府中教会にて聖ヨハネ会の販売会をさせて頂きました。今年は、コロナ感染対策のためこの時期に毎年行われていたバザーが中止となりました。主任のアンドレア神父様より、教会の行事がコロナ禍のため制限されていることからクリスマス前に何かしら信徒の皆様を喜ばせたいという配慮からのこの度の企画となりました。

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修道会の周りの風景

 今年は新型コロナウイルス感染拡大の為、創立記念日を教会の皆さまとご一緒にお祝いすることが出来ませんでした。又、バザーも中止となりました。
このような中にあっても、自然の花はそのまま美しく咲いて神さまを讃えています。修道院の周りにある花々によって心が癒されますようにと願うと共に、感染拡大が一日も早く終息しますように心よりお祈りいたしております。

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去る10/20(日)、カトリック府中教会にてバザーが行われました。雨続きの不安定な気候の中でしたが、当日はお天気に恵まれ大盛況のうちに無事に終えることができました。

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―山中湖のサイクリングと富士聖ヨハネ学園訪問―

大型連休中の5月3日、私たち、志願院と修練院と一人の若者は、朝早く山梨県忍野村へと向かいました。すばらしいお天気に恵まれ雄大な美しい富士山が私たちを出迎えてくださいました。富士山駅からバスで山中湖へと直行。湖畔で自転車を借りて、山中湖を一周しました。湖畔の美しい新緑の中をさわやかな風に吹かれて、まるで別世界のような美しい風景に魅了されながら走りました。途中自転車を降りて、何度も何度も湖畔からあの美しい富士山を眺めました。

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聖ヨハネ会

わたしたちは病気の人、
悩み苦しむ人、
弱い立場の人々への奉仕に
献身しながら、
神が慈しみ深いことを
現します。

修道会関係                     

知らせ                              

リンク            

会の目的と精神

わたしはぶどうの木、
あなたがたはその枝である。
ヨハネ15:5

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事業

わたしはまことのぶどうの木、
わたしの父は農夫である。
ヨハネ 15:1

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修道院

わたしがあなたがたを愛したように、 あなたがたも互いに愛し合いなさい。
ヨハネ13章34節

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Blog

わたしに仕える者がいれば、 父はその人を大切にしてくださる。
ヨハネ12章26節

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わたしたちは病気の人、悩み苦しむ人、
弱い立場の人々への奉仕に献身しながら、
神が慈しみ深いことを現します。